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ルース・ベネディクトは女だった。 [日英比較のおはなし]

ルース・ベネディクト。
あの「菊と刀」で有名な人。

今まで男だと思っていた。

というより、女だと思ったことがなかった。
だから著者紹介のページで女性の写真が掲載されているのを見つけたとき「なんだ?っていうか―なんで?」と一瞬躊躇してしまったのだった。

“菊と刀”を知ったのは大学1年の時。一般教養で取っていた比較文化論の授業の初日だった。教授が開口一番「”菊と刀”を知ってる人、または読んだことのある人」と聞いた。手を挙げたのは大教室で2-3人。新入生から3年生まで100-150人くらいいた中でのこの反応に、哀しそうだった教授の顔がやけに印象に残っている。

そんなわけで、きっと”菊と刀”は日本文化論の古典で、知っておくべき本なんだろうーと子供心(?)に強く感じたが、ハンチントンすら読むのがおっくうだった当時のこと。比較文化論の本は巷にあふれ返っていたし、古典に手を出す余裕もなかった。「この本は日本人についての文化人類学的分析であり「恥の文化」とかそんなことをアメリカ人が書いた」、当時はその程度で十分だった。

たまたま、日本人ってどういう民族なんだろう?と思い立ち、ベネディクトの「日本人の行動パターン」という本を手に入れた。

驚いたのは、
① ルース・ベネディクトは女性だった。
② この論文は、終戦を間近に控え、米国政府が「日本の統治方法、戦後復興プラン」を立てるための調査研究であった。
③ 菊と刀はこの論文をベースに書かれた。

そんなわけで、「日本人の行動パターン(NHK出版)」及び戦後復興プラン立案についての感想は次回に続く。

Ruth Fulton Benedict-ルース・フルトン・ベネディクト
●1887-1948年.アメリカの文化人類学者。文化の心理的要素に注目し、文化全体を統合したパターンとして論じた。
● 主な著書には「文化の型」(1934)、「人類―科学と政治」(1940)、そして日本文化を初めて社会科学的アプローチから取り上げた「菊と刀―日本文化の形」(1946)などがある
(NHK出版より抜粋)


写真について [日英比較のおはなし]

「本当に日本人ってなんでも写真撮るんだね」と、イギリス人のフラットメートに言われた。フラットのお別れ会でのことだ。
私は、キッチンで皆が自然に話す写真が撮りたかっただけなのに。

日本フィーバーで日本ネタが最近多い英国CMでも、ロンドンの2階建て観光バスに満載の日本人がパシャパシャ写真を撮ってるシーンがあった。
以前ロシアの洗剤のCMで日本人エキストラをした時、「観光客役」と指示されていなかったにもかかわらず、私を含め、呼ばれた日本人ほぼ全員がカメラ持参で撮影場所に来ていて、コーディネーターが妙に感心していたこともあった。

極めつけが、友人とロンドンのバス停に立っていたときのこと。
近所の大学生と見られる日本人が、仲間達に「あ、ちょっと待って」と英語で言って、振り向き様、夜空にオレンジ色に鈍く照り返るバス停を撮ったのだった。
「なんで日本人はあんなものを撮るんだ?」と呆れる英国人の我が友に、私はふつふつと怒りを感じた。

私は思う。美しいものを残したいと思うのは、自然な行動だ。そして、電灯を照り返し、柿色のやわらかい光を夜空に解き放つ、無機質な白いバス停に「美」を感じられない英国人こそ、哀れまれるべき。
私は思う。「思い出は記憶しておけばいいことで、いちいち写真に撮るのは好きではない」という姿が“高尚”なのではない。それと同等に、「思い出を形に残し、皆で観賞する」のも文化の一つの形である。
私は思う。「写真を撮る姿」しか知らない外国人は、残念に思うことだろう。そこでどのような絵が撮られているか、どのような瞬間が切り取られているのか。撮られた写真がどのように、友人、家族の中でシェアされるのか。知ったらきっと、その文化、技術と感性は、寿司やマンガと同じくらい敬意を払われるかもしれない。


アフリカを食べている。イギリスの食卓事情 [日英比較のおはなし]

渡英して約1年が経つ。
晩御飯の準備をしていて驚いた。
「このさやえんどうはケニアから来てる!!」

('こんなどうでもいいモノを撮っている君の写真を撮りたい'とフラットメートに笑われつつ撮影)

先日「日本は遠い」と書いたが、逆に「アフリカは近い」のだ。
むかしロシアの市場で「アゼルバイジャン産さくらんぼ」「ウズベク産スイカ」と見ていても、大して違和感はなかった。多分「ちょっと前まで一つの国だったし」という意識からだろう。しかし、日本で一般的な野菜が、アフリカで作られて、英国で消費されている。なんだか国名を追うだけで、地球を卓球台にピンポン球が行き来しているようだ。多分こちらの人にとっては、「フィリピンバナナを日本で食べる」と同じレベルの話なのだろう。しかし、アフリカから新鮮野菜が届く。つまり日常の食卓を支えるアフリカは、イギリスにとって「密接な」大陸なのだ。

それにしても、援助精神も相まってか、イギリスでは食傷気味になるほどアフリカ・募金関連のニュースが多い。昨年10月には大手NGOによる「スーダンキャンペーン」、12月には「LIVE Africa」のチャリティCDがクリスマス商戦と相まって氾濫し、"ツナミ"を挟んで、「LIVE8」。"テロ"を挟み、UN発表を受けた「ニジェールの飢餓」。全部が同格扱いとは言えないまでも、ほぼ全てが数日間はトップニュースになり、社会現象になることができるのがイギリスである。
 


自問自答は禅に通じる?ビックブラザーとあいのり比較 [日英比較のおはなし]

こないだの「ケンカ」話の続き。どうして「口に出した方が健康的だなぁ」と思うようになったのか、サイドストーリーです。

ビックブラザーというどうしようもないTV番組がある。
(WEBより)
妹の話だとドイツでもあったらしいからヨーロッパではよくある企画なのだろう。十数名の男女を一戸建ての家に押し込めて数ヶ月間共同生活を送らせ、それをほぼ生放送する。毎週住民投票と国民投票で「誰を追い出したいか」を決め、1人ずつ消えてってもらい、最後に残る人が賞金を獲得する。「いい人」になるより「イヤな人」にならないようにするという、大変ネガティブな企画である。(ちなみに去年は性転換したポルトガル人「女性」が女性であることを貫き通し優勝した) http://www.channel4.com/bigbrother/

一方「あいのり」は数名の男女がひとつバスにのりこみ世界をまわり、カップルができたら帰国、というご存知番組である。

ビッグブラザーは「生」の生活を放送する。華々しい口論は視聴者に向けてのアピールの一部。また住民は小部屋で「ビックブラザー」という役割のナレーターと「交信」することは可能で、そこで愚痴や思っていることを独白することはできる。だが、それは見ている限り「誰かのどういう行動はXXXXだ」という程度の話。
あいのりは「裏」の心理描写をなぞっていく。旅行者達は言い合うよりも「じっとがまん」。視聴者は旅行者達の行動を、彼らの内的告白(日記)を通じて、理解する。また旅行者達は次第に'自分探しの旅に出かける'自分ってなに?と自問自答を繰り返し、集団で旅行しているのに、まるで禅の境地の探求者。

「無言のケンカ」「じっとがまん」は、勝手に想像した相手の「理由」との闘いである。それはとても受身な関係で、さらに「わかってもらえない」ことを不満に思うのは、至極一人相撲である。友人たちのコメントの通り、そして大日本帝国人が手紙で謝ってきたように、「言わなくても伝わるだろうじゃなくて、そして態度じゃなくて、口で伝えること」これは和洋問わず、理解しあいたい人間同士には必要なことだと思う。そしてインナー世界に入りやすい日本人にはちょっと苦手な分野だとも思う。





007は二度死ぬ/1967年の世界からみた日本観 [日英比較のおはなし]

恐ろしいものを見てしまった。。。
(WEBより)
テレビをプツっとつけたら、若いショーンコネリーがいかにもな日本人女性と一緒に相撲観戦しているシーンが目に飛び込んだ。「007みたいだけど、日本を舞台にしたものがあったんだ。。。あ、古い日本の映像。ほぉー」と内容よりも舞台の日本の情景に見入るもつかの間。

日本の諜報員(丹波哲郎!)にもてなされるボンド氏がお風呂に。丹波哲郎「men first, women second」とほほえみ、若い女性がつらつら出てきて背中を流してくださる。舞台が東京から関西に移動。ボンドの何気ない「こっちでもいい配下がいるんでしょうね」の言葉に、待ってましたとばかりの丹波哲郎「much much better.忍者です」 -ええ?!
そして名古屋城下(おそらく名古屋)に空手着、剣道着を着た「忍者(?)」達が気合を入れて鍛錬している。丹波哲郎は城内に入り「最近は近代化にも力を入れています」銃を片手に掲げ、胴着をまとった集団が一列マラソンで入場。銃の練習を始める。-言葉もありません。
そして「身を隠すために扮装する必要がありますね」と、どんな意味があるのか擬装結婚をすることになり、3人の白無垢女性が登場、ボンドに選択権が与えられ、そのまま神社で結婚式に。式場に同席する女性は全て白無垢着用。-これは集団結婚式?
もう全てがありえない世界で、お腹がくるしくなるくらい笑えました。

でもこっちにいると、日本って遠い国だなぁと痛感します。東のさらに東。「極東」は文字通りです。距離だけでなく、日本は植民地化されたこともないから、情報も蓄積されていない。現代のニュースでも日本の話を聞くことがないのだから、昔は'おして知るべし'です。
「これだから間違った日本観がー」とよく言われるけど、このステレオタイプを逆に利用して、海外ではレストランの入り口に着物着た女性を並べたり(モスクワ)、セレモニーで受け付けに立たせたり、日本側もそれを利用しているのですよね。
持ちつ持たれつ。1967年の日本の情景を、質はどうあれエンターテイメントともに後世に残してくれたこの映画は批判できません。

参考:http://www.mars.dti.ne.jp/~h-takeda/JYLMain.htm


言うリスクと言わないリスク:喧嘩にまつわる東西比較 [日英比較のおはなし]

先日、久々に大日本帝国人とケンカして、「あれ?」と思ったことがある。どうやら私の物の考え方が、だんだん「こっちより」になってきているみたいなのだ。

これはどうやら数ヶ月前に大英帝国人と文字通りの大舌戦を繰り広げたことが影響しているに違いない。というわけで、下記、今は和解した大英帝国人との会話。
「日本人とケンカしちゃった」
「どうやって?」
「’無言’で」
「(長い沈黙)ー無言でどうやってケンカができるの?」
「だって言い合いなんて醜悪じゃない?その醜悪さがさらに泥沼を呼ぶなら無言でやりすごした方がいい」
「でも相手のケンカに至ったいきさつが、言い合わなきゃわからないじゃない」
「え、大体察することできるし。」
「でもそれが当たってるってどうやってわかるの?」
「うーん。でも言い合いは思いやりが消えていって、美しくない。」
「美しくないなんて誰に聞いたの?」
「美しいの?」
「(苦笑)じゃぁキミは論争しないことで、’さらに傷つけあうかもしれないリスク’を防いだけど、その代わり’理解しあう可能性’を捨てたわけだね。」

英国人と口論した際は、相手のあまりの「察し」のなさに頭にきて「漱石の'心'を読んで日本文化の勉強でもしなさい!」と言ったものだが、最近は確かに「察することには間違いも多く、結局はひとりよがりの自己保身」な気もしてきた。なぜなら論争に至れば、「傷つくかもしれないし、最悪のケース、理解しあえないかもしれない」、論争を回避すれば「理解しあえないけど傷つかない」。そして理解しあえないのは諦めちゃえば簡単に解消。

文字通り、ケンカは一人じゃできない。お互い、国の文化、そして個人の歴史を背負っての大芝居である。私はまだ「論争」は好きじゃないし、「察する努力」はお互いの対話をスムーズにするのでやはり大切だと思う。それでも、私の背負うものが、ちょっとずつ変わってきているみたいだ。


追記:「今ごろ気づくな!」と今まで大変な実害を被ってきた友人たちの声が聞こえそうです。。。。彼らに感謝。


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